「全体」と「部分」の切り替え

この数か月で変わったことの一つが、何をするにも「全体」と「部分」とを意識するようになったことです。明細書を読むときも、勉強をするときも。

たとえば、翻訳をしているときに、今読んで訳そうとしている文章が、その明細書に示される発明全体の中のどの部分のことを言っているのか。ということを、翻訳作業中にこまめに「発明の目的」や、あるいは発明の全体が示されている図面を見返すことで確認するようになりました。

明細書を通して読んだあと、または下訳を終えた時点などには、「この発明は、つまりどういうことなのか」を、自分なりに説明できるかを確かめるようになりました。

言ってみれば、ズームインとズームアウトの両方を意識的に行って、詳細と全体との位置関係を自分の中でハッキリさせることを、やっています。

過去の仕事の仕方を振り返って、目の前の一文一文を理解しようとしてやってきたことには違いありません。だけど、明細書全体を通して「つまり何?」とまとめる意識はほぼありませんでした。

そのせいで、いくつかの分野の案件は何件もやってきたにもかかわらず、得意と言える分野に育て上げられなかったという残念な有様。無駄にしたなぁ、としばしば悔やんでいます。

それが、講座を始めてからやっている勉強を通じて、その態度が変わったのだと思います。

ここ数か月、MRIについて明細書の対訳を取ったり、参考書を読んだり、業界紙を読んだり・・・とやっていますが、明細書の一字一句を追うだけでなく、調べものの過程でいろんな参考書やサイト、論文を読んだり、技術のトレンドを調べたり。

こうした勉強を通じて、上述の「ズームイン」と「ズームアウト」を自然と意識するようになったんですね。講座ビデオでよく聞く「全体を俯瞰する」ということを、今ようやく分かってきたようです(^^; そして、そのことが、仕事の仕方に良い影響を与えています。

MRIのことばっかり考え過ぎてて、やりすぎなのか?と時々悩みましたが、それをやらなければ身に着かなかったことです。

(こうして書いていて、思い返せばこちらでも、似たようなことを書いていました。笑 自分にとって、それだけ重要と感じられる変化なのだと思います。)

そのMRIからはそろそろ離れて、別の医療機器の学習に進みます。ありがとうMRI。(←今やってる対訳終わってから言いなよ)

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